親を許すとは

今日は新月です。若干のルールはありますが、新月に願い事をすると叶うと言われています。

お酒を断って1ヶ月半ほどが経ちますが、相変わらず料理は続けていて既に楽しみになりつつある今日この頃。すぐに料理に取り掛かれるよう掃除をしているせいで、以前よりも綺麗な部屋を維持しています。時間に余裕ができたことでイライラすることもなくなり、肌が格段にキレイになりました。

数年前から新月の度に書き続けた願いが叶ったというか、悩みが解消されたというか嬉しい気持ちで今日の新月を迎えました。

 

母との繋がりを断って10日程過ぎています。私は後悔したり罪悪感を感じたりするのか少し不安だったけれど、寧ろ早くこうしておけば良かった。だって私の生活は何一つ変わっていない。変わったとしたなら心の在り方だと思う。

「苦しいのは親を許せないから」「親を許さないと幸せになれない」毒親を持つ人へのこうしたメッセージは当人にとってはとても辛い。

出来る事ならそうしたいし、さっぱり忘れて幸せになれたらどんなに楽か。だけど、どうして傷付けられた方が許さなければいけないのか、苦しめた相手を許すために再び自分に我慢をさせなければいけないのか、ずっとそう思っていた。

 

しかし、この場合の「親を許す」というのは、親そのものや行為を許すことではなさそうです。もちろん、これまであったさまざまな事は家族がきっかけだったと今も考えています。けれど、今も親から同じことを行われているわけではありません。過去の傷を自分が掘り起し、自分の中で再現しているような気がする。

自分の中にあるものだから持ち続けることも消すこともできるんじゃないかと思うのです。持ち続けるのが悪いわけではありません。そうすることでしか生きていけない人もいる。

ただそれは自分で選択できる。上手く説明できないけれど、強いて言うなら「自分の中にある過去を許す」ということなのかも知れない。

過去の傷を抉るとは、自分自身が親と同じように今の自分を傷付けているのと同じだと思うから。