Iさんの話39~委ねる~

何度も書いていますが、Iさんは私の見る限り他の人に笑いかけた事がない。微笑みを浮かべる時はあっても口を開けて笑ったり、声を出して笑う彼を見るのはレアである。だけど私の仕草に目を細めて笑い、何気ない一言に澄んだ声で笑ってくれる。

このギャップが様々な懸念を抱く原因なのですが、そういった事は考えないようにした。Iさんが何も思っていないのなら、私が考えるまでもないことだから。私も陰で何を言われているかわかりませんが、別にどうでもいいと思うようになった。

それはさておき、前回会った時にふと思ったのですが、彼が私を見て笑う時の目は犬か何かを見ているような目つきをしている。多分だけど、これは私がアホすぎるからではないかと思っています。

彼と私の住む世界が違いすぎる故に、私は自分を良く見せようと取り繕うことすらできない。なのでアホさ加減がいつも以上に嵩増ししてしまうのではないだろうか。そしてそれがIさんにとっては面白いのではないかと。だから私は彼の前では自然体でいられるのです。

 

話は変わりますが、私が過去に依存していた昔の恋人とたまに会っています。食事に行ったりとかはないですが、今年の半ばくらいから会う用事が増えた。私は最近まで、自分の醜い姿をも愛してくれていた(であろう)彼が一番の理解者だと思っていました。

最後に会ったのは先月、あの落ち込みから少し浮上した頃だったのですが、これまでになかったような違和感を感じてしまった。夢から覚めたような気持ちになって「私はこの人のどこが好きだったんだろう」って。(失礼)

私は彼に、あるお願い事をしていた。きちんと自分の気持ちを伝え、明確な意思表示をしたにも関わらず、その願いは叶いませんでした。結果が悪くなっているのではなくて、むしろ良くなっているのだから大切にされているという捉え方も出来ますが。

彼は昔からこうだった。例えると「コンビニのプリンが食べたい」という私に、わざわざ有名店のスイーツを買ってくるような感じ。そして何の悪気もなく「嬉しいだろ?」と笑うような人だ。

リアルでこんなことを言うと、それはそれで有難くいただいてコンビニのプリンは次の日にでも自分で買って食べればいいと思う人もいるだろう。買いに行く手間暇を掛けた上、グレードアップしているのだから何を贅沢なことを言ってるんだと、お怒りを感じる人もいるかも知れない。

でも。私の意見を全く聞いてもらえない事が悲しかったんだと気付きました。私は有名店のスイーツが食べたいわけじゃないんだ。コンビニのプリンってちゃんと言ったのに、どうして私の意志を汲んでくれないのか。なぜ余計なことをして私を落胆させなければいけないのか。

私は大人の対応で「嬉しい、ありがとう」と笑っておきました。もうこれが最後だろうし、言った所で彼には理解できないだろうから。現に何度も念押しした私の声は届いていなかったのだから。彼はさも「そうだろ?良かっただろ」とでも言いたげな顔で笑っていた。私に嘘を付かせている事に全く気が付かずに。

彼と私は交際していた当時、週に3回ほど会う生活をしていましたが、私の依存は精神的な寄りかかりであって、その生活は私の望んだものではありませんでした。苦痛すら感じる時もあり、知人に愚痴めいた相談をした時に「それは彼に心を許したことがないからじゃないの?」と言われた。

私は何もかもを曝け出している彼に心を許していないわけがないと心の中で反論しました。だけど今思うと確かにそうだ。私はずっと彼に嘘を付いていた。彼は「よかれと思って」したことで、彼が悪いわけじゃないのに。彼は私を見ていなかった、ただそれだけのこと。

 

私はIさんといると、とても落ち着く。それはきっと彼が私の言葉を聞いてくれるからだ。私の声に耳を傾けて、先を急がず頷きながら待ってくれている。時には「どうして?」と私の真意を汲み取ろうとし、気持ちを理解しようとしてくれる。Iさんは私の心を見ているのです。

長年付き合って長い時間を共に過ごしても壊せなかった、昔の恋人との間にあった壁をIさんは簡単に飛び越えてしまった。実の親すらというか、私はこの世で一番私を理解していない人は親だと思っている。私が家族に心を許したことはただの一度もありません。もちろん他の誰かにも。

私はずっと心を委ねられる人が欲しかったんだな。コンビニのプリンを馬鹿にしない人。