私が元婚約者を思い出したのは、言葉は交わさなかったものの再会してしまったからです。記憶から抹消していたものの、安易に結婚を受けておいて簡単に裏切ってしまった罪の意識だけはずっと抱えていました。
しかし、当時の私は「この人の子供を産みたくない」と思ってしまったのです。例え専業主婦になって不自由のない暮らしをしたとしても、彼を愛することは出来ない。
私はいつか本当に愛する人に出逢う時が来る。その時、相手も結婚していたなら諦めもつくでしょう。でもそうでなかったら、私はきっとこの結婚を一生後悔し過去の自分を憎み続ける。
夫婦だけならともかく、もし子供を産めば「愛の無い夫婦の間にできた子供」になり、自分と同じ道を辿らせることになってしまうのだ。
本当にそんな人が現れるかどうか、現れたとしても関われる保証なんてありません。もう妄想の域です。それでも、子供を見て「あの時結婚しなければ」と思ってしまう未来の自分が脳裏に浮かんで仕方がなかったのでした。
私はこの選択を間違えていなかったと言い切れる。
私はなぜ彼を愛せなかったのか。いい人だと書いたけれど何も知らなかった私が当時そう思っただけで、むしろ毒ありの人でした。
初めて会った時、彼は異例の出世をして皆に持て囃されていた。しかし長くは続かず、次第に同期と横並びになっていったのです。その後、同業他社の奥さんの方が先に出世したのでした。
当時の私は、そういう事がよく理解できずにただ聞いていただけなのですが、彼はきっと奥さんを妬ましく思っていた。あとはお察しです。
彼の兄弟達は勝ち組と言われる職業に就いている。大手に勤めていても、彼は家庭内では落ちこぼれだった。だから私を「理解できる」と言ったのです。
彼にとって自分の自尊心を傷付けられないから私を選んだのだ。要するに見下せる対象だから可愛い。ただそれだけ。
自分に向き合おうとしないうちから、他人を理解するなど到底無理だと今ならわかる。しかし向き合えないからこそ他人を救った気になることで目を逸らそうとするのです。