希望

「私は幸せになってはいけない」「私が幸せになると周りが不幸になる」私はまだすっぱりとこの記憶を消せていない。ほぼ無くなりつつはあるものの、チャンネルを切り替えるようにあっち側には行けないのだ。底なし沼から体は出ていても髪だけを掴まれているような感じ。

まだ今年の頭ははっきりとこれらを自覚していた。だから服装を変えたり、新しい色の物を使うことにもとても抵抗があった。Iさんに対しても、もしこれまでの私に好意を持ってくれていたのなら、私が変わることで彼の気持ちに変化が起きるのではないかとか、本当にくだらない事を真剣に悩んでしまう。

だけど当然そんな心配はなく、結果としては以前よりも良くなったので「これでいいんだ」と思えるようになった。ACであれ何であれ、もう過去は戻ってこない。記憶に翻弄されなくなるには、たとえ小さなことでも地道に認識を塗り替えていかなければならないんだと思っている。

私は人に興味がないと書きました。潜在意識道では全ての人に愛を~とか、人の意識は根っこで繋がっているとか、よくわからないけどワンネスとかそういう類が重要視されているけれど、今の私には必要ないと思う。いつか辿り着けるかも知れませんが、そこを目的にするのは違うような気がするのです。

私のように他人の顔色を見て生きてきた人間は認知の歪みがある場合が多い。そもそも愛するとか許すとかの意味を正しく理解できていないのだから鵜呑みにするのはとても危険だ。下手にこの世界に足を突っ込んでしまうと、嫌な人を愛せない自分が悪いのだと自分を責めたり、我慢の上に更に我慢を積み重ねることになりかねない。そうして全ての人に愛を与えた揚句、自分だけが不幸という残念な結果になる人もいる。

今私は人も物も同じだと思っています。私は道端の石よりダイヤの方がいい。石が悪いわけじゃないけど、そこに価値は見出せない。価値というより自分が好きかどうか、いい気分になるかどうかかな。もちろん石の方が好きな人がいたっていいわけで、それを他人がとやかく言う必要はありません。

それと同じで、正当な理由もなく他人を不愉快にして自分の気持ちを引き上げようとする人間は必要か?心が狭いとか寛大とか、それに何の意味があるの?過去の私のように不幸グセから抜け出せない人間は、抜け出すことより不幸でいる方がまだマシだし楽なの。潜在意識的には不幸を望んでるのと同じなんです。それを他人が変えることはできません。

「私だけ不幸なのは嫌だから一緒に不幸でいて欲しい」などという考え方の人と一緒に幸せにはなれない。不幸を望む人と幸せを望む人は、精神的な意味で同じ場所にはいられない。だから後ろ髪を引かれたら自分の髪を切ってでもそこへ置いていかなければいけないんです。

とは言っても認知の歪みがある場合、正しい判断ができないことの方が多い。本当に自分の事を考えてくれているとしても敵と見なしてしまったり、口先の優しさや目先の喜びに飛びついてしまう。その上、大切な人を失ってしまって自分をゴミ箱のように扱う人しか残っていないのに、そこへ寄生するしかなくなるという負のスパイラルに陥る。

独りは嫌、誰かにそばにいて欲しいとか考えている間はなかなか抜け出すことはできない。普通の人とも上手く関われず、害はあるけど傍にいてくれる人を切った時、人間関係が心理的に空白になる時がある。この空白の期間は絶対に独りでいなければなりません。

独りとは自分の思考や言動全てに責任を持つことです。それに慣れなければこの先も簡単に人を切ることはできませんから。私は個人的に人を切るのが悪いとか騒ぐ人達は、切られて困る側の人だと思っています。罪悪感を植え付けて他者をコントロールしようとする人達。

私だって何の問題もない人を切ろうとは思わない。切ろうと考える現象が起こらないのだからそんな考えに至らないと言った方が正しい。精神的に自立している人は自分の感情を見つめている。更に自分の感情がどこからくるのかを冷静に分析している。だから感情任せに口や態度に出したりしないので、軋轢が生じることは少ないです。

私は自立した人と一緒にいたい。生まれ持ったものもあるし、生まれた家庭でそれを身に付けた人と私では既に差がつきすぎている。その上、「ハンデがあるから許してね」などという甘えも許されない。正直苦しいです。だけど、たとえそれが叶わなくても絶対に後悔はしない。搾取されるだけの苦しさとは種類が違うのだから。

今自分を大切にしてくれない人がこの先大切にしてくれることはないと思う。もちろん変わることもあるから一概には言えないけれどその可能性は限りなく少ない。そして変化を認識できたとしても、マイナスがゼロになったから相対的にプラスになったように感じるだけだ。そこに希望なんてないよ。

確かに人には上も下もない。しかし感情垂れ流しで生きてる人と、自分を律しながら生きてる人はどっちが努力している?自分が大切なら、美しくて希望のある方を選ぶのは当然だと思いますけどね。

昨日書いた彼女の話を度々持ち出して申し訳ないけど、私は彼女を好きでした。重要度は高くなくても好きだった。でも嫌いになったわけではありません。そういう一面があることを自ら開示してくれたのだから有難いと思っているし、心の中でどうでもいい人フォルダに入れている。こんなのを繰り返して残った人達だけが私の宝物になるんだろうな。