Iさんの話12~自分に正直に~

出会って10か月が過ぎた頃のIさんは顔を赤くしつつ笑顔を見せた直後、我に返り冷静さを取り戻すという挙動不審な態度を繰りかえしていました。

恋愛感情ではなくても、好意は持ってくれているのかも知れない。今までなら嬉しくて舞い上がっていたでしょう。

少なくても3か月前までの私はドキドキしたり一喜一憂するのが恋だと思っていたのだから。 

でもIさんに対しては嬉しさよりも悲しさを感じたのです。人の心は簡単に変わる。例えIさんと恋人になれたとしても、今の彼の気持ちをずっと保ち続けることはできません。今の彼はそこにしかいない。

だから彼の全てを覚えておきたい。そう思いながら一瞬の表情も見逃すことがないように彼を見ていました。

自分でもどうしてそんなふうに感じたのかわかりません。死に向かう年齢に差し掛かったせいなのでしょうか。大人の余裕か、それとも諦めか。

 

この頃から私とIさんの口数は少し減っていきました。もちろん必要なことは話すのですが、目線や少しの動きでIさんの意図もわかりますし、私の意図も汲み取ってもらえるからです。

だからこそIさんに嘘をついてはいけない。心と裏腹な態度で”わかって欲しい”などと甘えてなどいられないのです。

誰かを不安にさせない為に、自分に正直になることも必要なのだと初めて知りました。