認めてほしかっただけ

Iさんが自分の中にいるような感覚になった辺りから何かが急速に変わり始めた。

 

ずいぶん以前から私の母親は何らかの障害を持っているんじゃないかと疑っていて、実際に何度も診察を勧めましたが拒否されたまま今に至ります。

考察の結果、やはり自己愛性人格障害の可能性が高い。診断も下りていないのに、むやみに他者を障害と決めつけることは良くないのはわかっています。しかしそう思わなければ辻褄が合いません。仮に診断が下りて治療をしたとしても病気ではないので完治はしないでしょう。

自己愛性人格障害に愛されるとは搾取され続けることを意味します。”私は愛されなくて良かったんだ”と心から思えるようになり、どこかに残っていた罪悪感をようやく手放すことができたのです。

 

しかし私が手放さなければいけないのはそれだけではありませんでした。

私の兄弟は幼い頃からわがまま放題で、癇癪をおこすと親でも手が付けられないほど気性が荒かった。叱ると自分が反撃されるので、私を褒めることによって兄弟を心理的に攻撃するのでした。

これは自己保身だけではなく、兄弟の嫉妬深さを利用して矛先を私に向けるためでもあったと思います。その結果私は、好き勝手に生きている兄弟のために我慢を強いられ、本人からも攻撃されることになるのでした。

私だって本当はわがままに生きたかった。だけど母親の泣く顔を見たくないから我慢をしている、頑張っている。ただそれを認めてくれるだけで良かったのに。

私はこれを場所を変え人を変え、今まで繰り返してきました。”頑張ればいつかは報われる”その思いを捨て切れなかったから。

 

改めてこれまでの経験を見つめ直し、自分の中で結論を出すことができました。

そしてやっと「認めて欲しい」という思いを手放し、それに伴って他人に対する過度な甘えや依存といった感情も捨てることができたのです。