優しい世界

昨夜、「あなたを愛してる」と書いた後、涙が溢れて止まらなかった。

 

新型コロナウイルスの影響は今後も拡大し、歴史が塗り替わる瞬間を目の当たりにするんじゃないかと思ってますが、この1週間は私にとってスピリチュアルへの意識を大きく変えることになりました。

泣きながら化粧を落としてシャワーを浴びた。目を瞑ると幼い頃の楽しかった思い出と共にまた涙が溢れてくる。化粧水は諦めて自己ヒーリングをしていたら、今度は辛かった思い出と共に涙が出てくる。でも泣いているのは「今の私」じゃない。私はそれらに感情が動かないからだ。過去の記憶が私の体を操っている。

私はこれまで「幸せになる」ために、まずACを克服しなければ、まず自分を愛さなければと、ゴールからの逆算であれこれ足掻いてきた。約2年前にもインナーチャイルドのことを書いており、当時”あの子”と呼んでいたが、それも「インナーチャイルドを癒さなければ」という意図があったからではと、疑わしい気持ちになってくる。

”あの子”が日記に出てきたのは約3か月間。私がACを克服できたと感じたのはいつかわからないけど、とにかくインナーチャイルドは癒されて良い意味で消滅したとばかり思っていたのに。消滅したからといって完全に過去をなかったことにはできないのだから、悪いように作用しなければそれで克服と言えるのだと考えていた。

私が思う「今の私」とは、おそらく顕在意識なんだろう。それとは無関係に恐怖や孤独という感情、言葉に詰まったり涙が出るという身体的変化をもたらすのは潜在意識。「私」は潜在意識を制御できない。顕在意識などほぼほぼ役に立っていないのだ。決して悪い意味ではなく、思考と意識の分離、思考と肉体の分離を体感し、涙を流す自分に感動すらしていた。

私はもう”あの子”に会おうとは思わなかった。無意識に溢れ出る感情と涙で存在が確認できるから。レイキのヒーリングは頭頂部から始まり、体の前面を下って背中へと移る。片手を背中、片手を胸にあて、第4チャクラと呼ばれる胸のチャクラを包むと、はっきりと「ありがとう」と聞こえました。そしてさざ波のようにエネルギーが体に広がった。

無駄に知識だけはあるゆえ理屈で考えがちだった私が、潜在意識に心と体を乗っ取られるという不思議な体験をしたのは初めてでした。そういえばレイキはインナーチャイルドの癒しにも効果が高いそうなのですが、自分には既に無縁のものだと思ってましたから。

 

私は今でも似非弱者への拘りを捨てられない。他人と比べることに何の意味もないし、誰かの幸せが減ったからといって自分の幸せが増えるわけではないと言い続けたかった。「弱者に優しく」の時代はもうとっくに終わっている。それが成り立っていたのは思いやりと感謝の交換があったからこそで。与えない者は与えられなくて当たり前なのです。

なぜ未だにそんなことに拘っているかというと、再びあの場所へ戻る可能性を捨てきれなかったからですね。あの場所とは似非弱者と同じ空間のことなのですけど。気が付けば、言葉が出てこない私を嘲笑するような人は、今の私の周りにはいない。私は二度とあの場所には戻らないだろうから、そこがどんな世界でも関係ないじゃないか。もういいじゃないか。

 

世界は優しいのだと教えてくれたIさんへの感謝で胸がいっぱいになる。涙が止まらない。