答え

会社の彼女を槍玉に上げて、書きたい放題書いてきましたが、誰よりも変わらなければならないのはもちろん私自身である。彼女は変わりたいとも思ってないので、別に変わらなくてもいいのです。

私の母は自分だけが可愛い人だった。父はそんな母を見捨てられない人だった。幼少期の兄弟は主に母の血を受け継いでいたように思う。そんな中で育った私は子供の頃から、人間はどうすれば幸せになれるのか、どう生きるのが最善なのかと、ずっと考えてきました。だけど幸せになって欲しかったんじゃなくて、答えが知りたかっただけのような気もする。

今の結論としては『答えはない』というところでしょうか。善も悪も、正も誤もない。例えば渦中のグルメ王だって幸せになっていいのです。不倫をしなかったから=世間の常識的に正しい生き方をしているから幸せになれるとは限らない。それらは結果と統計によって操作されるものだから。

そんなことより「品行方正に生きている自分がなぜ不幸なのか」などと考えるほうがよほど問題なのである。サイコパス系の詐欺師と誠実に向き合えばあらゆるところの毛を毟られる。DV気質の人間に忠誠を誓えば搾取され続ける。ただそれだけのことなのです。

私は今、不幸な人なんてこの世に存在しないと考えている。

自分から見て「かわいそう」はただの感想であり、必ずしも本人の気持ちと一致しているわけではない。自分のことは自分にしかわからない。そもそも自分の気持ちすらわからないことだってあるのだから、他人が理解するなんぞ至難の業である。

私はこの自論を正しいとも間違っているとも思っていないし、他人に押し付ける気もない。しかし、とかく世間では「共感力」が大切にされる。共感を求める人は共感力の高い人といればいいし、共感力のない人は共感を求めない人といれば、なんら問題はないのだから。

私の心の中から他人が消えた。答えを求め続けて他人を観察し、泥沼に突っ込んでいった結果、『答えはない』のが答えだったとは拍子抜けのような気もしますが、気は済んだのでもう充分です。

心が穏やか。