親に似た人を選ぶ理由

前回の記事で親に似た人を自分で選んでいると書きましたが、当時はそのことに気付いていませんでした。私は一生親の呪縛から逃れられない、そういう運命なんだ!いつまで私がこんな目に遭わなければならないんだ!毎日そう思っていました。

スピリチュアルな世界では「この世で起きたことは100%自分の責任」「嫌な事から学ばないから何度も同じ事を繰り返す」との説もあります。これは奥が深いですし、納得できる人とそうでない人が当然あると思うので内容は割愛しますが「もし私が無意識に今の環境を選んでいるとしたら?」という長年の疑問にふっと納得がいく答えが出ました。

 

私は物心付いた時から心の底では家族が嫌いでしたし、愛されていないのもわかっていました。ただ、私が受け入れてもらえないのは私が悪いのかどうかが知りたかった。親に似た人に愛されれば、親に問題があったのであって私は悪くなかったんだという証明になる。

だから私は親に似た人に尽くして裏切られて「次は大丈夫かも」という期待を抱いては同じ事の繰り返し。その度に「やっぱり私が悪いんだ」と自己評価を下げ続けるんですが、私は自分の正当性を証明したいがためにわざわざ寄っていっていたのです。

そしてもうひとつ。世の中には不幸が好きな人がいるということ。不幸でいることによって何らかのメリットがあると信じて疑わない人、幸せになるためには不幸でなければならないという矛盾に気付かない人もいます。そういう方は本当に人を愛するのは難しいんじゃないかと思います。

つまり私は愛を持たない人に一生懸命愛を求めていたんですね。良いか悪いかではなく、ないものはない。私は何をやっていたんだろうとあっさり腑に落ちました。