Iさんの話9~割れ窓理論~

パワハラによって悪化していた体調が少し良くなりかけた頃に会ったIさんは、困ったような切ないような不思議な顔をしていました。少し話した後「安心した」と小さな声でつぶやいたので、どうやら私の体調を心配してくれていたようです。

Iさんの言葉には他意がありません。必要以上に自分を大きく見せるとか、そういう感情が見受けられないのです。ありのままで美しい。

わずかな言葉じりをとらえられたり、見に覚えのない言い掛かりをつけられる毎日を送っていた私にとって、Iさんといる時間は同じ世界とは思えないくらい穏やかで幸せでした。

 

どうしてIさんはこんなにも素直に言葉にできるんだろう?優しくすればするほど馬鹿にされ見下される世界で生きてきた私とは違い、Iさんは優しい世界で生きてきたのかもわかりません。しかしそれだけでは無いような気がしました。

Iさんと出会ってからこれまでの事を思い出してみると、多分彼には揺るぎない自信があるのだと思います。自己愛のように他人から祭り上げられなければ維持できないようなものではない本当の自信。

これは何かを成し遂げないと持てないんじゃないかと私は思うのです。社会的に認められることもいいし、そうでなくてもいい。昨日より少しでも自分を好きになれればいいかなって。

 

割れ窓理論」と言い「窓が割れているのを放置すると、誰も注意を払っていないという象徴になり、他の窓も全て壊される結果となる」という考え方があります。これは人間にも当てはまり、自分を大切にしていない人は他人からも大切にされないのですね。

この頃、私は少しずつIさんといる時のように自然体で他人と関わることが出来るようになっていて、今までよそよそしかった人とも距離が近付いていると感じていました。きっと今迄は私がそうさせていたんでしょう。ありのままでいられない人に近付きたくなかったのだと思います。

 

自分を大切にするとは自分さえ良ければと良いという利己的な感じがしていたのですが、そうではなかった。自分を大切にしていない人は他人も大切に出来ない。だから大切にされなくて当たり前なんだと気付いたのです。