Iさんの話30~変わってはいけないもの~

その日、Iさんは珍しく感情をあらわにした。決して八つ当たりではなく、思ったことがつい出ちゃったんでしょう。人によっては冷たいと捉えられるかも知れないけれど、私は至極真っ当で合理的だと思いました。

最近「優しい人」について考えた。優しさというのはとても曖昧なものだと思う。私は人から何かを相談された時、それを解決しようと自分なりに考えるのだけど、人によっては面倒なことになる。多分そういう人はただ聞いてもらいたいだけで解決するつもりはないんだろう。

Iさんに出会って、自分と向き合い始めてから一番怖かったのが罪悪感を捨てることでした。どんどん自分が冷たい人間になっていくような気もしていた。これまで散々「冷たい」と責められてきたのに、目的地を間違えているんじゃないかと不安だった。

今の私はあの頃と比べると他人の事を考える時間はとても少ないし、割と適当だったりするにも関わらず「優しい人」扱いされている。耳触りのいい言葉をさらっと吐くだけで、ある種の人にとっては簡単に優しい人になれるんだと驚く。

Iさんはそういうタイプの優しい人ではありません。丁寧に言葉を選ぶけれど、心にもないお世辞を口に出せるほど器用ではない。彼の優しさはとても伝わりにくいかも知れません。私にはその苛立ちが垣間見えたような気がしました。

無意識に出た言葉の中にはその人の思考が現れる。Iさんは今どこへ向かっているんだろう。

別れ際に数秒間見つめ合ったけれど彼の目からは何も読み取れなかった。そして変わってしまった自分が、なんだか悪い事をしたような気がして目を逸らしてしまいました。

これまで私は必死に変わろうとしていたし、まだまだ変わらなければと思っている。でも変わってはいけないものもきっとあるんだろうな。