批判

熱が下がっても体調が優れず、習い事に行けていなかったことで、先週のお休みは精神的な落ち込みがやってきた。少し浮上したかと思えば突き落とされる。そういうものだとわかってはいても自分にイラつき、その度に立て直すという繰り返し。

それでも熱の中で「掃除がしたいな」と考えており、少し下がったのを見計らって家事をしていたので着々と進歩はしているのだろう。体調も精神的にも完全に復活したのが月曜日。習い事へ行き始めてからお弁当作りを休みがちだったのですが、それも再開したので日記を書く時間がありません。

他人との心の距離は更に離れていき、全意識が自分に集中しているので特に書くこともないのですが。私はお酒をやめて1年を超えたけれど後遺症?はずっと続いており、ノンアルコールビールを毎日4本以上は飲んでいた。帰ったらまずビールという習慣を変えられなかったのでした。

習い事を始めてから徐々に本数は減っていき、今年に入ってからはほとんど飲んでいない。今考えれば、とめどなく湧いてくる雑念を紛らわすために飲んでいたはずが、紛れるどころか雑念に意識を集中させるために飲んでいたのだと思う。

 

表面的に変わった所と言えば、綺麗になったことだろうか。自分で言うなとツッコミたくなりますが事実だからしょうがない。先月、全く興味がなかったが安くなっていたのでポチった美容機器が自分に合っていたのと、たまたま勧められた化粧品が合っていたせいかも知れない。

私が美人かどうかはさておき、綺麗になると扱いが変わる。マンションのエレベーターで一緒になった年配の女性に「綺麗ね」と言われ、しげしげ顔を見つめられたり、久しぶりに会った取引先の女性が唖然としていたりします。先日Iさんに会いましたが、彼の顔が赤くなっていたのも私が綺麗になったからだと勝手に思っている。

以前書いたように私は自分の顔が好きではなかった。男性受けはいいけど女性受けが悪いせいで心無い言葉に傷ついていたからです。でも今は自分の顔が好きだ。今なら色々な批判も「お前の許可などいらん」と一蹴できる自信がある。そもそも他人に許可を与えられるほどの人間なのかと問い詰めたい勢い。

顔だけじゃなく、生き方全てにおいても私はそう思っています。他人に許可を出すとか出さないとか烏滸がましいにもほどがある。自分を許すより他人を批判している方が遥かに楽ですけどもね。